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「あのう、笹井へ往診がございますが」
房一は話を変へた。
半ば感心し、半ば疑はしさうに、彼は指を自分の眼に向けてみた。
房一は患者の前にもどつて来た。
さう云ひながら、盛子はゆつくりと喰べていた物がまだ口の中に残つているような無邪気な顔をした。
房一はその黒い顔に微笑をうかべながら今泉を見た。
男は力なげに口をあけていた。
それは初めて口に出す言葉だつた。
「さつき着いたばかりの新聞で見たんだがね、――堀内将軍がいよいよ凱旋されるさうだ」
「さあ、どうぞ。ずつとお通り下さい」
今その文太郎が県会の視察旅行に出ていたので、法事の主人役は直造に廻つたのである。だが、文太郎はかういふ町内づき合をあまり好んでいなかつたから、たとへ在宅だつたにしても、直造は主人役を買つて出たであらう。
もう一度小学校の校庭まで辿り着いた時には、衣裳がくたくたになつたのと疲労し切つたのとで、行列をつくつて歩いている間に自然と現れていた共通の類似、あの正面を切つたまじめさが消え失せ、代りに日頃のそれぞれな持前が、尖つた顎だの鹿爪らしい顔つきだのいふものが今や歴然と姿を現した。まだ解散にならぬ前から気早やに冠をかなぐり取つた者もいたし、衣裳をぬぎにかゝつた者さへあつた。
「ほらね、かういふ形のと、又別にかういふのがあるだらう」