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「お松ですか?お松は半之丞の子を生んでから、……」
さう呟きながら、下手を眺めた。
「さやうでござりますか」
「いかんと云ふわけもあるまいさ」
わきから又誰かが冷かした。
その一揃ひの紙衣裳を見て、道平はまじめに感心した。
「ふうむ」
「あなたの追鮎は元気らしいなあ」
ゆつくりと時間をかけて、楽しみ楽しみ喰べた。それは喰物のおいしさよりも、かうやつて小娘のやうな真似をするのがおいしかつたのだつた。
例の伯父はもう大分前から房一の気を引いてみてはいたのだが、遠縁にあたる退職官吏の娘で盛子といふのを房一の妻として撰んで待ち設けていた。
宿は大きい家で、ほかにも五、六組の逗留客があった。根津は身体に痛み所があるので下座敷の一間を借りていた。着いて四日目の晩である。入梅に近いこの頃の空は曇り勝がちで、きょうも宵から小雨が降っていた。夜も四つ(午後十時)に近くなって、根津もそろそろ寝床に這入ろうかと思っていると、何か奥の方がさわがしいので、伊助に様子を見せに遣ると、やがて彼は帰って来て、こんなことを報告した。
房一は目を輝かせて云つた。
「や、先日はどうも――」